近藤に呼ばれて局長室に向かう途中、土方は庭を見て足を止めた。
晴天の空の下、が洗濯物のシーツを干している。
風が通りやすいように竿へ掛け、パシパシと皺を伸ばしていく。

「今日も精が出るな」

土方はつい、声をかけたくなった。

「あ、土方さん。こんにちは」

が手を止めて、土方のほうへ振り返る。
彼女は大量のシーツを干しながらも、疲れを見せずに穏やかだ。

「これからどちらに?」

「近藤さんの所だ」

「では、後でお茶を持って行きますね」

「ああ、頼む」

土方はこれ以上仕事を中断させても悪いと思い、早々に歩き出した。
だが、再び足を止め、もう一度のほうに目を向ける。
は洗濯物を干す作業に戻っていた。
相変わらず、パシパシとシーツの皺を伸ばしている。
そんな彼女の姿をずっと見ていたいと土方は思った。

ふと、の後ろ髪を飾っている簪に目が留まった。
日の光が漆黒に反射して簪を輝かせている。
その簪は彼女にとても似合っていた。

土方は簪から目を背け、局長室へ足を進めた。




「なあ、トシ。お前はにプロポーズしないのか?」

「…はァ?」

近藤の突然の発言に土方は他に声が出なかった。
呼び出しまでして何を言い出すのかと思えば…

「何だお前、のことが好きなんじゃないのか?」

「好きって、あんたなァ…」

勝手なこと言ってんじゃねーよ。
そう言おうとしたが、否定的な言葉を出すのは気が引けてしまう。
しどろもどろしているうちに土方はらしくもなく顔を赤くしていった。
それを見て近藤が人の良い顔をしながらニヤリと笑う。

「いいじゃないか。きっと、お前がを助けたのも縁あってのことだろう」

「…助けたっつっても、あんたがいなきゃどうしようもできなかったがな」


真選組が結成される以前のこと。
土方は川の岸辺で倒れている少女を見つけた。
侍と天人が戦をしている時世では、岸辺に死体が流れ着くこともあった。
近寄ってみたのは、少女が水死独特の醜い姿をしていなかったからだ。
傷は多少あったものの、少女は確かに生きていた。
だが、いつまで経っても目を覚ます気配がない。
土方はどうしても少女を放って置けなくなってしまった。

やむを得なく、土方は自分が世話になっている道場へ少女を運んだ。
そして、事情を聞いた近藤が少女を医者に診せ、入院させた。
無論、入院させるにもそれなりの費用がかかる。
それをどうにか遣り繰りしていたのは近藤だった。


「トシが他人のために必死になるなんて珍しかったからな〜」

「…そんなに必死だったか?」

「ああ。があんないい女になることをわかってたんじゃないかと思うくらいだ」

「バッ…!んなわけねーだろーが!」


一年前、病院で少女はやっと目覚めた。
いや、もう少女とは呼べないくらいの年齢だろう。
しかし、点滴だけで生きていたため、身体は成長していなかった。
一年間のリハビリ生活の中で年齢相応の容姿になったという。

彼女は一ヶ月前に退院し、真選組を訪ねてきた。
彼女の成長振りに近藤と土方は驚いたものの、あの時の少女だとわかった。
少女が髪に挿していた簪を、彼女もまた髪に挿していたからだ。

『私は…過去の記憶を失ってしまったようなのです』

だから他に宛もなく、自分に仕送りをしていたという近藤のもとへ来た。
彼女は唯一覚えていた自分の名を名乗り、そう事情を話した。

そして、近藤が彼女…を真選組の女中として雇うことにしたのだ。


は容姿も良いし、仕事もよくやってくれる。今じゃ隊士たちの人気の的だ」

「あいつらがよく手ェ出さねーなと思うくれーな」

「どうしてだと思う?」

「あぁ?」

「どうしてあいつらがに手を出さないと思う?」

近藤の問いに土方はふと考え込んだ。
確かに隊士たちはのことを慕ってはいても、取って食おうとはしない。
最初を男所帯に入れることに抵抗を感じたが、今では心配することもないほどだ。
が女中となったことで士気が下がったことはない。
むしろ、が賄いをしているおかげで自分たちの仕事に専念することができた。

「あいつら、が高嶺の花だとでも思ってんじゃねーのか?」

「まー、トシが好いてる女じゃ、あいつらにとっては高嶺の花かもしれんな」

「そうだな、俺が好いてる女じゃ…ってオォイ!!あいつらもそう思ってんのか!?」

「みーんな、そう思ってるさ」

そう言って、やはり近藤は人の良さそうな顔をしながら笑う。
土方はこれはヤバイと感じて項垂れた。
隊士たち全員、その中に沖田も含まれていると思うと背筋がぞっとする。
あいつは人をネタにして何をやり出すかわからねェ…
今までそのことについて何事もなかったのが土方には奇跡のように思えた。

「なあ、トシ」

近藤の低い声色に土方は顔を上げた。
いつになく真剣な表情で近藤は土方を見据えている。

「お前がそんなに女に対してウブになったのを俺は見たことがない」

土方は反論をしなかった。
最近、自分でもに対する態度は初めて恋をする男のようだと思っていた。
と接していたいという気持ちも抑え切れず、表へ出してしまう。

「好きなんだろう?彼女のことが」

「…ああ」

こいつには言っておくべきなのかもしれない。
土方は腹を括った。


「俺ァ、が好きだ」


は今まで自分の上辺しか見なかった女たちとは違う。
記憶喪失の世間知らずと言えばそこまでだが、は何もかも受け入れてくれた。
自分が重度のマヨラーでも、ドジを踏んでも、変わらずあの笑顔を向けてくれる。


「だが、今はに何か求める気はねーよ。まだ会って一ヶ月経ってねーからな」

「そうか?俺なんか、出会った時からお妙さんにアピールしまくりだけどな!」

先程の真剣な表情は何処へ行ったのやら、一変して近藤は豪快に笑った。

「てめーと一緒にすんな」

土方は容赦なく言葉を返したが、心の内では近藤が羨ましかった。


本当は、すぐにでもにこの想いを伝えたい。
だがこの先、が記憶を取り戻したらどうなってしまうのだろう。

名前以外に、以前からが唯一持っている簪。
少女があの簪を挿していたとき、何故こんな上等な物を、と不思議に思った。
だが、今ではあの簪がの美しさを引き立たせている。
まるで、あの簪に相応しくなるためにが成長したようにさえ見えるのだ。
…もし、そう願った者がの過去にいるとしたならば。




自分の想いが、いつかの妨げになってしまうのではないか。
そして、自分もそれによって苦しむのではないかと恐れて、一歩を踏み出せずにいた。














本当の愛だと気づいたけれど















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