過激派攘夷浪士、高杉晋助が病死した。
その報が世間に出回ってから、半年が経った。
高杉が姿を消してからも攘夷派の活動は留まることを知らない。
真選組もまた相変わらず仕事の日々に明け暮れていた。
「おかえりなさい、土方さん」
見廻りから帰ってきた土方に気づいて、が声をかけた。
あの時の怪我は既に癒え、彼女は再び女中として屯所で働いていた。
「今日ぐれー休めばいいのに…」
彼女が手に持つ洗濯籠を見て、土方は思わず苦笑する。
は一瞬虚を突かれたようにきょとんとしたが、すぐに微笑んだ。
「今日だからこそですよ」
そう言われては引き下がるしかない。
会釈をしてから立ち去るの背を土方は寂しげに見つめた。
今日は、が屯所を出ていく日だ。
『あいつ、いつか必ずを迎えに行くってよ』
の入院中、銀時が土方に伝えたのは高杉のことだった。
『そのためなら、俺は死んでもいいって言ってたぜ』
その言葉が意図することに気づいて、土方は駆け出した。
近藤に訳を話して、警察庁長官である松平を呼んでもらった。
屯所へやってきた松平に土方は今までの事情を話した。
女中ののこと、高杉一派のアジトでのこと、これから先のこと。
すべてを話してから土方は、高杉を死んだことにしてほしい、と松平に頼んだ。
しかも、戦死でもなく、刑死でもなく、病死として。
死んでもいない高杉の死を手柄にしようなどとは、土方は考えていなかった。
『トシ、おめェ…』
『とっつぁん、お願いだッ!!』
眉をひそめる松平に、土方は額を畳に押しつけて土下座をした。
高杉が迎えに来たのならば、は迷わずついていくだろう。
土方はそう確信していた。
への想いを終わらせることなどしたくはなかった。
だが、高杉へ向けたの笑顔は今まで見た中で一番綺麗だった。
高杉は自分が死んだことになれば攘夷を捨て、世間から身を隠すつもりなのだろう。
のためならそうするだろうと思えるほど、あの時のを見る高杉の隻眼は優しいものだった。
とても、何人もの天人や人間を狂気に任せて斬ってきたとは思えないほどだった。
高杉が死んだことになれば、ついていくには…絶対とは言えないが、危険は及ばない。
こうするしかない、と土方は思ったのだ。
もう行き場のない自分のへの想いを最後まで貫くために。
『俺からもお願いだ、とっつぁん!』
突然、傍らに座っていた近藤が前へ出て、土方のように土下座をした。
それを見て、土方の土下座に驚いていた松平が更に目を見開く。
だが、一番愕然としたのは土方だった。
『近藤さん…』
『俺たちからもお願いします!!』
その声と共に部屋の戸がバターンと開かれて、隊士たちが入ってきた。
そして、彼らもその場にひざまずいて松平に土下座をした。
どうやら、今まで部屋の外で立ち聞きをしていたらしい。
山崎や沖田までもがいるその面子を見て、土方はふっと笑った。
こいつらは皆、女中のが好きだった奴らだ。
顔を上げていた土方はもう一度松平に頭を下げた。
この決心は、もう揺るがない。
「さん、今日の夕飯はなんですかィ?」
「今日はカレーを作っておきましたから、また温めて食べてください」
荷物を風呂敷にまとめ終わったが沖田と話している。
土方にはその光景がいつも通りのように見えた。
「、そろそろ時間だろう」
近藤がを呼びに来た。
風呂敷包みを両手で抱えて、は立ち上がる。
「はい」
玄関から外へ出ると、頭上には白い雲が流れる青空が広がっていた。
高杉の姿はまだ見えない。
だが、彼は必ず来ると誰もが信じていた。
「」
土方は自分の前で門のほうを見つめているに呼びかけた。
自分のすぐ後ろには近藤と沖田もいるが、それでも構わない。
ゆっくり自分に振り返ったに、最後にもう一度だけ伝えよう。
「俺はお前が好きだ…愛してる」
は目を僅かに見開いた。
それから目を細めて、徐々に涙ぐんで、そのまま笑った。
「ありがとうございます、土方さん」
だが、その笑顔はすぐに消えた。
「本当に…っ」
は腕に抱えている風呂敷包みをぎゅっと抱き締めながら俯いた。
ぽろぽろと涙の雫が零れて、地面に吸い込まれていく。
「本当に、ありがとうございました…っ!」
あの時、土方が川の岸辺に倒れていたを助けていなかったとしたら。
そこで既にすべてが終わっていただろう。
かつて自ら死を選んだ彼女が、心からありがとうを言った。
そんな彼女を見て、土方のほうが目を見開いてしまった。
後ろにいる近藤と沖田は笑みを浮かべている。
ふと、土方は門の前に誰かがいることに気づいた。
その人物は笠を被っていて顔は見えなかったが、派手な着物はいつもと変わりなかった。
土方はそちらを指し示して、の視線を促す。
の目に、高杉の姿が映った。
が小走りに高杉のもとへ向かう。
土方はそんな彼女を引き止めたりはしなかった。
焦れる気持ちを抑えて、近藤と沖田と共にその場で彼らを見守る。
穏やかな日差しの中、高杉とは再会を果たした。
不安そうに顔を見上げるに高杉は懐から取り出したものを差し出す。
が大切にしていた、漆黒に朱と金で桜の花が描かれた玉簪だった。
それを見て、はまた泣き出した。
高杉は口元に笑みを浮かべながら、の後ろ髪に簪を挿した。
そして、を自分に抱き寄せて、その腕で優しく包み込んだ。
高杉の腕に抱かれるは涙を流しながらも笑みを浮かべていた。
只々、幸せそうに微笑んでいた。
最後にが土方たちに向けて会釈をした。
そして高杉と共に背を向けて、ゆっくりと立ち去って行く。
これでいいんだ。
土方は二人の背を見つめながら、ふっと笑った。
への想いはまだ消えるはずがないが、ただ安心したのだ。
きっと、あいつらなら大丈夫だ。
ふと、空を仰いだ。
やはり、清々しい青色が何処までも広がっていた。
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